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【Scott Ramsey Vol.2】縁は異なもの味なもの。ラリー・ウィリアムズが再び彼とつなげてくれた


スコットの人生の転機。ハート・ボーン&ホフト社との出会い

話は戻るが、法人部長というから、顧客は銀行や商社といった硬い会社かとばかり思っていたら、スコットの主要な顧客は実はCPO(コモディティ・プール・オペレーター)やCTA(コモディティ・トレーディング・アドバイザー)など、いわゆる商品ファンドの運用管理者たちが多かった。かれらも、もともと商品先物ブローカーだったり、フロアートレーダーだったりと商品先物業界出身者が多かったので、当時は皆でよく飲みに出かけたものだ。

そんな友人たちの中にハート・ボーン&ホフト社があった。パトリック・ハート氏とリチャード・ボーン・ホフト氏の2人が創設したCPOで、同社は、後年、カリフォルニアの年金基金の資金を商品先物市場で運用するため、独立系CPOとして初めて採用され、一躍名を知られることになるのだが、シカゴでわれわれと遊んでいた90年頃はまだ2人とも20代だった。そして、スコットもそのころはまだ20代だった。

ハート・ボーン&ホフト社との出会いがスコットにとっては大きな契機となる。というのも、ある日、両氏と飲んでいる時に、スコットが一言、「今のCTAは全然勉強していない。成績も悪すぎる。ブローカーとしては、かれらの成績は関係ないが、彼らを使っているファンドがかわいそうだ」と漏らしたのをハート氏が聞き、すぐに「だったら、君自身がCTAになったらどうだい?」と背中を押したからだ。

ハート氏はその前日、前出の年金基金で、ちょうどCTAを使って運用するためのプレゼンテーションを終えたばかりだった。そんな意気上がるハート氏の雰囲気にも押されたのだろう。スコットはCTAになる事を決意したという。

その後、INDEX社の法人部長を続けながら、CTAとして、ハート・ボーン&ホフト社からの委託を受けていたスコットは、成績も良く、結局、独立。ジャック・シュワッガー氏の「続・マーケットの魔術師」でインタビューされたり、自身はシカゴを離れて島を買い、クルーザーを楽しんでいたのは、この当時の話である。

縁は異なもの味なもの。

日本に帰り、業界紙記者として地を這っていたわれわれとスコットの縁は、そこで終わりかと思っていたが、どっこい、20年以上もたってから、再会の場面があった。

数年前、村居孝美氏の通訳兼コーディネータで、米国のトレーダーたちを取材する機会があり、村居氏のたっての希望で、ヴァージン・アイランドに住むラリー・ウィリアムズとアポを取り付けた際、ウィリアムズ氏から、「実は、僕の隣家に、僕が今、世界で最も優秀だと思っているCTAがいる。彼にも会ってみないか?」と言われ、出てきた名前が何と、「スコット・ラムジー」だったのである。

ウィリアムズ氏も、僕がスコットを知っている、しかもシカゴでブローカーだった頃から知っていることに非常に驚いた様子だったが、こちらはもっと驚いた。

「世界は狭い」・「縁は異なもの味なもの」である。

ヴァージン・アイランドでのスコットとの再会については、村居氏の著作「トレードの成功哲学」に紹介されているので、是非お読みいただきたい。

彼は今、ヴァージン・アイランドの豪邸に住み、島の一角にデナリ・アセット・マネジメントというヘッジファンドの事務所を設けて、スタッフ8人ほどと日々、ファンド資金の運用にいそしんでいる。運用手法は、昔も今も、自己裁量である。

とにかく、本当に縁の深い友人の一人。スコット・ラムジー氏のさらなる健闘と幸福を祈りたい。

 

<益永 研>