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【その男の名は高木清明 Vol.2】逮捕者50名弱を出した組織的な「フロントランニング」の手口とは


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FBI潜入捜査事件の余波

清明の言った「FBI事件」というのは、1989年8月3日、シカゴ商品先物取引所(CBOT)とシカゴ商業取引所(CME)でFBI(米国連邦捜査局)の潜入捜査官たちが、商品ブローカー46人を逮捕した事件のことだ。

罪状は数百人もの顧客に対して、過去20年間で数千回もの取引を通じて莫大な金額を搾取したこと。ニューヨークタイムズ紙は、この46人には今後、最大20年間の懲役と最大25万ドルの罰金が科せられる可能性があると報道した。実際に、その後20人以上のブローカーたちが実刑になっている。

シカゴの先物取引所は会員制となっていて、銀行や証券会社、先物会社といった法人会員の他に「ローカルズ」と呼ばれる個人のフロアー会員たちも数多くいる。CBOTとCMEの現在の会員数は、こうした法人や個人のローカルズを含めると合わせて約6千を超えるとも言われている。

80年代後半からは、日本のさくら銀行や三和銀行も、先物取引のコスト削減の目的で両取引所の会員企業を買収し、シカゴに直接乗り込んでいる。同様に、ヨーロッパの数多くの大手銀行も、シカゴの先物取引所の会員になっている。

一方、フロアーで実際に手を振る個人のローカルズは、多種多様である。もともと相場が好きで、シカゴのフロアーに憧れていたという根っからのトレーダーたちが多いが、小金を貯め、一角千金を狙う元会計士や元弁護士、なかには元プロフットボールやプロ野球の選手だったというトレーダーも少なくない。

フロアーではトレーダーたちが狭い8角形のピットと呼ばれる場所でひしめき合って注文を出すために、他人よりも大きな体と大きな声が求められる。時には、人を押しのけてでも注文を通すガッツに加え、体力も必要なのだ。その点、こうしたスポーツ・プレーヤーたちは、フロアーのトレーダーに適しているといっていい。

かれらは基本的に自己資金で、自分の利益のためだけに売買しているが、大手ブローカーの委託を受け、自身の取引の他、顧客の取引を執行する者もいる。

事件は、この自己と顧客の両方の取引を執行するローカルズの一部が引き起こしたものだった。

「デュアルトレーディング」(二重取引)と呼ばれるローカルズのこうした取引には、顧客にとって、「フロントランニング」(前を走られる)のリスクがある。

例えば、あるローカルズが大口顧客の注文執行を依頼されたとする。その注文を場にさらせば、すなわち大量の買い意思を叫べば、相場は高い確率で跳ね上がる。

であるなら顧客の買い注文に先んじて自分の買い注文を執行しておけばどうなるか。相場が上がったところで売ってしまえばノーリスクで利益を手にできるはずだ。これがフロントランニングである。

もちろん顧客は、安く買えるはずのものを高く買うことになる。しかし大口顧客がそれに気づくことはない。

本来、ローカルズには顧客の利益を優先すべく裁量執行義務がある。ゆえにフロントランニングは禁じ手である。顧客の注文内容を知っているフロアートレーダーにとってはささやかな小遣い稼ぎの一つかも知れない。だが、これをもし何人かのローカルズが組んで、組織的にやったらどうなるか?

その実態を暴いたのが、今回のFBI潜入捜査事件である。FBIはこの捜査のために、複数の捜査官を2年間にわたってCBOTとCMEのフロアーにローカルズとして潜入させていた。その覆面捜査もまた、「まるで映画のようだ」ということで話題になった。

事件後、シカゴトリビューン紙などで公表されたその手口はこうだ。

例えば、両取引所はどちらも毎朝9時に取引を開始するのだが、ローカルズたちは、それ以前の7時半、8時までには取引所に入り、顧客たちとその日の打ち合わせをする。それが終わると、服を着替え、トイレに行く。その際、トイレでローカルズ同士がこんな会話をする。

「今日はどんな感じだい?」

「3.7と3.9で買い、4.1で売りが入っている」

「こっちも同じレベルだ」

顧客からのまとまった買い指値が3.7、3.9に、売り指値が4.1にあるということであり、マーケットがその買い指値をつければそれ以上に上がる可能性が、売り指値をつければ、そこで上げ止まる可能性が高いことが予測できる。そして、同じような光景は、フロアー内でも毎日のように見られたという。

まったくのインサイダー取引といっていいが、ローカルズの中には、これまではそれが単なる挨拶代わりの会話だと思っていた者も少なくなかったそうである。

しかし、その値段を確実なものにするために徒党を組み、3.6ぐらいから何人かが順番に買い上がり、4.1までの間にそれぞれが「下駄を履く」操作を作為的に繰り返していたというから、実態はもっと悪質だった。

こうしたフロアーでの不透明な売買状況は、過去にも何度か話題になってはいた。しかしこれまで、それはいわばローカルズの余禄として、見て見ぬふりをされていたことも確かだった。そして、目の前で4分の1セント、2分の1セントと小刻みに動く相場を人より素早く、まるで薄皮をはぐ様に取っていくスキャルピングと呼ばれる売買手法が可能であることもまた、会員として、取引コストが外部の顧客たちよりはるかに安いローカルズならではの特権だと考えられてもいたようだ。

取引所にとって何より必要なのは、いつ、どれだけ多くの注文が出ても、それがすぐに執行されるだけの流動性が確保されていることであり、長年にわたり、シカゴの取引所でそれを担保してきたのがローカルズたちだったから、取引所も見て見ぬふりをしてきたという部分はあったに違いない。

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取引電子化とプロップ・トレーディング

<益永 研>

この物語は実話に基づいているが、登場人物や企業名はすべて架空のものである。