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【その男の名は高木清明】Vol.22 豊田商事と永野の相場始末


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佐橋の事務所は、エレベータの無い4階建ての古いビルの2階にあった。間取りは1LDK、オフィススペースは20畳ほどあり、机2つと応接セットの他、壁に作り付けの書棚がある。昼間はもう一人、女性事務員がいるそうだ。奥には風呂とトイレに加え、仮眠用のベッドもあるという。

「まるでハードボイルド小説に出てくる私立探偵の事務所みたいですね」
清明は部屋に入るなり感じた印象を佐橋に告げた。
「正直にじじむさいと言ってもらって結構ですよ。最近は自宅に帰らず、ほとんどここで生活していますから」
佐橋は苦笑しながら2人にソファにかけるよう促すと、自分もゆっくり時間をかけて向かいのソファに座った。まだ腰が痛いようだ。
「実は、須藤社長からお二人には言わなくていいと言われていましたが、今、私たちが手掛けているのは豊田商事が顧客から集めた資金の回収です。管財人である弁護士さんたちが手掛けている案件ですが、そのほんの一部、主として永野が商品相場に注ぎ込んだ60億円近い金に関する回収をお手伝いしています。まぁ、お二人は薄々お気づきだったと思いますが」
佐橋は言い、清明と宍戸の顔を見上げた。2人がそれほど驚いていないのを見て、先を続けた。

「永野は商品先物会社に勤めていた時代から相場好きでした。一時は目黒商事にも口座があったのですが、豊田商事が大阪に移った時に、永野の顧問だった須藤が口座を締めさせました。下手の横好きだったからです。これから事業を広げるという人間が相場に溺れていてはいかんというわけです。しかし、永野はやめられなかった。そして、須藤には内緒で、小さな商品先物会社数社に口座を持って相場を続けていたのです。今はもうつぶれてしまってありませんが、そのうち2社が新川にあり、その関係で、先ほどの柳興業が出てきたわけです」
「なるほど」と清明が答えた。といっても、商品先物相場で負けたという60億円と暴力団がどう絡んでくるのかは分からない。それは宍戸も同様らしく、佐橋の話の続きを待つ清明の顔をちらりと見ただけだった。
「相場で負けたといっても、永野は経験者であり、相場は負けることもあると知った上での取引でしょう。一旦取引所で清算されてしまっているその金を回収するというのはどういうことですか? しかも、口座があった商品先物会社は無くなってしまっている。そこにどう暴力団が関係してくるのでしょうか?」清明が尋ねた。

商品先物取引は、商品取引所という公設市場で行われる。売り手と買い手が集まって様々な上場商品を売買する取引所には、絶対的なルールが一つある。
相場で負ければ、負けただけの金を支払わなければならない。逆に勝てば、勝った分だけは必ず貰えるというルールだ。
売り手と買い手が1対1で商品の売買をする通常の商取引では、様々な理由から買い手が金を払えない、あるいは売り手が品物を渡せないという不測の事態が起こり得る。しかし、公設取引所における取引では、それは許されない。
「清算」と呼ばれるこの仕組みをしっかりと守らせることは、公設取引所の大きな役割の一つといっていい。
仮に投資家の誰かが大負けしたあげく支払い不能になった場合は、それを受けて取引所に注文をつないでいた商品先物会社が顧客に代わって支払う。もし、その商品先物会社が破産したら、取引所の他の会員たちがそれを負担する。日々の売買の受払いはそれだけ厳格に行われるのである。
逆に言えば、一度清算が終わった取引については、取引所にも商品先物会社にも責任はないともいえる。永野が相場に負けた理由が何であれ、すでに清算が終了しているその金を取引所や商品先物会社に請求することは不可能なのだ。

清明のこの疑問に、佐橋はこう答えた。
「仮に、永野の注文の一部ないし大半が取引所で売買されていなかったとすれば、どうでしょうか? 例えば、商品先物会社がお客の注文を取引所に出さずに、自社で呑んでいたとすれば、これは法律違反です。あるいは、無意味な売買で手数料ばかり取られていたとすれば、これも業者の受託信義則違反になります。そうした違反行為によって損をした場合は、投資家は業者を訴えることができます。裁判をしないまでも、和解して、いくらかは取り戻すこともできるでしょう。永野の場合、永野を食い物にしたそんな話がいくつもあったのです」「しかし、そんな違反行為があれば、その商品先物会社は当然、処分されるでしょう? 実際、豊田商事事件のあと、数社が処分され、つぶれました。そういう会社にはもう金もないでしょう。いまさら回収もできないのではないですか?」
宍戸が尋ねた。事実、永野の注文を受け、無意味な売買を重ねて異常な手数料収入を記録していた1社は、豊田商事事件以後、監督官庁から無期限の営業停止を命じられて、数か月もたずに消滅していた。佐橋たちがいくら不当取引を証明したところで、消滅してしまった会社から金を回収することは不可能だろう。

だが、佐橋の話は違った。
「永野の金を呑んでいたのがその商品先物会社でなく、第三者だったら別です。もともと永野が選んだ会社は小さくて、永野の大量注文を自社で呑めるだけの資金力はなかった。しかし、金のある第三者がそこに割り込んできた。商品先物会社にしても、取引所に大量の注文をそのまま出して万一の場合の値洗いリスクを抱えるのは避けたい。それよりも注文を出さず第三者に任せればリスク無しに手数料が懐に入る。ひょっとすると第三者の利益からキックバックも得られるとすれば、そちらの方が良かったでしょう」と言うのである。
「その第三者というのが、柳興業だったのですか?」
聞きたいことはまだあったが、とりあえず清明がそう尋ねると、佐橋は首を振り、
「かれらにそんな知恵はありません。それはまた別の人物です。しかし、処分されてつぶれた商品先物会社にもともと柳興業の息がかかっていたのです」とため息をついた。

「なるほど、それで彼らもその第三者の存在に気が付いた、と」
清明が合点した。「その辺は少し込み入っているので今ここで説明するのは難しいのですが、いずれにせよ、彼らも豊田商事も今回の粗糖取引には関わりありません。お金が入ったら、いわゆる調査費に使うつもりです。よろしくお願いします」
と、佐橋は2人に頭を下げた。
「何にせよ、身の回りには気をつけた方がいいですよ。佐橋社長、これからも何かあったら、呼んでください。すぐ助けに来ますから」 宍戸が腕を撫した。

「それよりも、相場の方、よろしくお願いしますよ」と、佐橋もようやく笑顔を見せた。

 

NEXT :12月21日木曜日更新
動き出す粗糖相場

<益永 研>

この物語は実話に基づいているが、登場人物や企業名はすべて架空のものである。

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