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【その男の名は高木清明】Vol.16 海外の砂糖商社の動きに積極的に乗る戦略で躍進


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粗糖で躍進する光栄物産

相場の方は一進一退だったが、この間、光栄物産の営業マンたちには大きな変化があった。社長である久保田が自ら率先して粗糖の営業に取り組み始めたからである。

それ以前にも鼻の効く営業マンは少なからずいた。初日のABスターン社の商いを見てすぐにピンときたのだ。

「わが社に大量注文を出し始めたイギリスの砂糖商社があります。その商社は来年、間違いなく世界的に砂糖の在庫が減少すると言っています。年内は徹底して買い方針です」

久保田に先んじて「海外の砂糖商社の動きに積極的に乗る戦略」で新規顧客開拓を始めていたのである。

光栄物産は20代を中心とする営業マンが多い会社である。商品先物会社にとって、当業者それも海外の砂糖商社からの受注は、ブローカーとしてのプロフェッショナリズムを認められたという意味で「信用の証し」になり、「誇り」にもなる。さらに、この商社が実際に自分の会社で、大量に粗糖を買っているのである。営業マンとして自信を持たないはずがない。成績が上がるのは当然だった。

そしてその結果、粗糖市場では前月まで出来高がゼロに近かった光栄物産が、11月末には、全会員社中3位にまでのし上がったのである。この月の粗糖市場の月間出来高トップは目黒商事の12万9千枚、2位が南方商事の9万2千枚。そして光栄物産は5万9千枚と6万枚に迫る勢いを見せた。

12月中旬を過ぎても、東京粗糖の相場が一気に跳ねる兆候はまだ見られなかった。だがこうした海外糖商の動きと、それを喧伝する光栄物産の躍進ぶりは業界内でも噂を呼び始めた。

年が明けて90年1月に入ると世界的に粗糖の供給不足が明らかになり、3月には東京粗糖は急騰して50円を突破するのだが、この時期はまだ、清明にとってはまさに嵐の前の静けさという平和なひと時ではあった。

そんな清明に、久しぶりに須藤から声がかかった。宍戸も一緒に一杯飲まないかという誘いだった。

12月中旬の金曜日、本当なら敦子と一緒に食事に行く予定だったが、それをキャンセルして宍戸と共に銀座に向かった。

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この物語は実話に基づいているが、登場人物や企業名はすべて架空のものである。

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