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【その男の名は高木清明 Vol.7】ある週末、武闘派の宍戸貫一に声をかけられた清明。彼の目的とは


その男の名は高木清明

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宍戸貫一

その後、清明は新しい仕事とマンション探しに忙しい毎日を過ごした。

東京本社になかった「海外法人部」を設立し、その課長になったものの、兼任部長の大崎常務は、「カネの事は任せろ。しかし、英語に関することはお前に任せる」というだけで、実質的に清明一人で、すべてを整えなければならなかった。

イギリスとの日常連絡は、基本的にシカゴ支店の小杉が連絡役となってこなしてくれるが、口座開設に伴う各種手続きはもちろん、日々の国内市場のレポートなどはすべて、清明自身がやらなければならない。海外法人からの注文を取り次いだ経験がない本社業務部の部長への説明も含めて、まったく新しい経験ばかりだった。

一方、マンション探しは、週末に敦子と会う絶好の理由になった。本来、清明は、この種のことは即断即決のタイプである。1日にいくつか物件を見て回ったら、その日のうちに決まるものだとも考えていた。

しかし、敦子は慎重だった。「引っ越しは手間がかかるから、一度住み始めたら、5年間は住み続けるつもりで選ばないとダメ」というのだ。風呂が小さいのはダメ、駅から遠いのはダメ、会社からタクシーで帰れる距離でなければダメ、湿気の多い地域なら2階以上でなければダメ、家賃が高すぎるのはダメ、と条件も厳しい。

そして、それは、言われてみれば確かにそうだと思わざるを得ないものばかりだったので、清明自身、いつの間にか、厳しい目で選ぶようになっていた。実は、寮生活も、最初に思ったほど不便でもなく、マンション探しに二の足を踏んでいたところもあった。

そんな週末のある日、マンションめぐりを終えて寮に帰った清明に声をかけてきた男がいる。

宍戸貫一だった。確か、営業2課の係長である。といっても年齢は、清明より少し上といったところか。

「高木さん、ちょっとお話できますか?」

宍戸は、体格が良く、声も大きい。顔は整ってはいるが、どちらかといえば恐い。光栄物産に入社する以前、どこか別の商品先物会社で働いていたとも聞いたことがあるが、詳細は分からない。ただ、「武闘派」らしいという噂だけは聞いたことがある。社会全体がバブルで浮かれているこの時代に、武闘派とは何者かと思ったものだが、今、目の前に立っている宍戸を改めて見直すと、「なるほど」とも思う。何しろ、たたずまいそのものが、武闘派なのだ。

「宍戸さん、でしたよね。時間はありますよ。喫茶店にでも行きますか?」

清明が言うと、「いや、それほどの話ではありません。私の部屋で一杯だけ、どうですか?」と手を振りながら、宍戸が誘った。

宍戸の部屋は、いかにも「武闘派」らしく雑然としていたが、勉強家だと見え、相場に関する本がたくさん、きちんと本棚に整理されているのには驚かされた。

「宍戸さんは、相場が好きなんですね?」本棚を見ながら、清明が言うと、

「いやぁ、お恥ずかしい。実は、私はもともと株の投資家だったので、その頃の名残りで、本だけはあるのです」

宍戸は、別の棚に並んでいる湯呑茶碗2つと、日本酒の一升瓶を運びながら、「つまみは、するめぐらいしかありませんが、良いでしょうか?」と清明の答を待たずに、卓袱台の上に並べた。

「では乾杯!」

「初めまして。よろしくお願いします」

型どおり乾杯した後、宍戸が尋ねた。

「高木さんは、シカゴに行かれる前から英語は堪能だったの?」

「英語ですか?いや、高校までは多少頑張りましたが、人並みでしたよ。特に会話はまったくダメでした。最初は苦労しました。何しろ、昨日まで営業で走り回っていた人間が突然、シカゴでフロアーに送り込まれたので、地獄でした」

苦笑しながら、高木は、茶碗酒を飲み始めた。

「それでもやり切ったのだから凄いよ。やはり、現地に行けば英語はできるようになるものかな?というか、行かなければ、上達しないのかな?」

するめをモグモグと咀嚼しながら、宍戸が続ける。180センチに近い大きな、しかもごつごつした体格や顔のわりに、その表情は意外に人懐っこいところがある。

その男の名は高木清明

「まぁ、3年もいれば、多少は話せるようになりますよ。でも、私の場合は仕事の話さえ通じればよいと思ってやってきました。付き合う相手はほとんどが先物市場関係者です。発音が悪くても、文法的に間違っていても、お互いの土壌は同じですから、話題さえ理解し合っていれば通じるものです。シカゴでは逆に、日本のマーケットのことを、法律から制度まで改めて勉強しました。彼らとの話題の大半は、マーケットや規制についてですから。実は、それ以外の普通の英語は今も苦手なのです。例えばフットボールは、フロアーの人たちと何度も観に行きましたが、いまだにルールも選手の名前もよく分かりませんから話せません。要するに、日本でも興味が無い話題は、アメリカに行っても興味がないということです」

「なるほど、そんなものか」

宍戸は頷きながら「もう一杯」と、清明の湯飲み茶碗に酒を注いだ。そして、今度は別の話題を持ち出した。

「実は昨日、大崎常務から海外法人部に行かないかと打診があった。それで一度、高木さんと話してみたくて誘ったんだ」

「えっ」と驚いて見返した高木に頷きながら、「なぜ俺なのかとは思ったけど、まぁ体の良い厄介払いなのかもしれない。しかし、高木さんのお邪魔になっても申し訳ないから、自分でもできるものかどうか、とりあえず聞いてみようと思ったわけだ」と、宍戸はまた、酒を勧めた。

「いやぁ、邪魔だなんてことはないですが、なぜ厄介払いだと?」

清明も、宍戸に酒を注ぎながら聞いた。

「俺の父は、神奈川で天道流合気柔術の道場をやっている。俺も小さい頃から父に習って柔術をやってきた。大学を卒業してデパートに勤めたが、肌が合わなかったのですぐ辞めた。その後1年は、道場を手伝いながら株を取引していたが、そのうち商品先物に興味を持ったので、思い切って25歳の時に商品先物会社の海道商事に入ってみた。しかし、そこの営業のやり方が納得できなくて、上司と喧嘩して辞めた」

「そうですか」としか言えず、清明は話の続きを待った。

「この会社は前の会社とはまったく違うが、それでも、投資家として客観的に眺めると営業についてはやはり、納得できない部分がある。例えば、訪問した翌日に、『暴騰しています!買うなら今しかありません!』と昨日会ったばかりの見込み客に大きな声で電話するだろう。鉄は熱いうちに打てということだろうが、相場はずっと続く。別に、一度や二度のチャンスで騒ぐことはないわけだ。それより、自分の客にはじっくり勉強させたい。でも、営業マンは新規顧客を開拓してナンボだから、そんな悠長なことは言うな、勉強は取引を始めてもらってからでも遅くないと言われるわけだ。だから、営業マンとしては認めるけど、今の上司ともあまり仲が良いとは言えない。大崎常務は、そんな俺でも何かと気にかけてくれて、今回の話も、ある意味、営業から俺を引き離すためのものかなと思うわけだ」

「なるほど、でも前の会社はそれほどひどかったのですか?というか、営業はどこの会社でも皆、同じではないのですか?」

他人の長い身の上話は苦手な清明だが、思わずこう聞き返してしまったのは、自分も数年営業を経験してきたからだろう。宍戸も、そんな清明に同じ営業経験者としての親近感を覚えたのか、あるいは酒が回り始めたのか、いつの間にか先輩口調に変わってこう言った。

「いや、この会社は、いわゆる切手屋、つまり基本的にお客の注文通りに取引をさせてくれる良い会社だよ。しかし中には、そうじゃない会社もある。営業のやり方も千差万別だ。

軍隊式営業と催眠営業

例えば海道商事は軍隊式だった。営業マンを壁に向かって並べて座らせて、1日中勧誘の電話をさせる。しかも、営業マンの後ろでは営業部長がバットを持って歩き回っている。すこしでも電話の手を止めてさぼっている営業マンがいたら、椅子の背中をバットでぶん殴る。それでもダメなら、ガムテープでその営業マンの手と受話器をぐるぐる巻きにする。しかも、営業マンに相場の勉強はさせない。経済新聞や業界紙などを読んでいようものなら、『余計なことは覚えるな!』と灰皿が飛んでくる始末だ。

だから、俺もつい堪忍袋の緒が切れて、『あんたらに、相場の会社をやる資格はない』と言ってしまった。そしたら、社長が出てきて、『宍戸君に、この会社はもったいない。もっと良い会社があるから、ウチは辞めてそちらに移ってはどうか』と引導を渡されたわけさ」

「へぇー、今時そんな営業をしている会社もあるのですね」

清明は心底驚いて、こう言った。と同時に、バットを振り上げるような上司に啖呵を切るとは、なるほど「武闘派」と呼ばれるだけのことはあるとも感心した。

素直に驚いた清明に気を良くしたのか、それとも単に酔い始めただけなのか、宍戸は、さらに清明を驚かせる話を始めた。

「それでも、この業界の営業はまだ、取引の仕組みやリスクを説明するだけまともさ。実は、海道商事を辞めた後、あの豊田商事で営業研修を受けたことがあるんだが、あそこは本当に詐欺会社だと思ったよ」

「えっ、宍戸さん、豊田商事にもいたんですか?」

帰国してから何度もその名前を聞くことにも驚いた清明に、「いやいや、面接に行ったら、すぐに採用と言われて、翌日から数日間、研修に来るようにと交通費を貰ってしまった。それで仕方なく研修だけ行って、1日で辞めた。しかし、あれは良い経験ではあったな」

と宍戸は笑った。

「何しろ、パンフレットやマニュアルがしっかりしていたのには驚かされた。例えば、これは特に女性客向けだが、黒を基調にした素晴らしく高級そうなパンフレットがあった」

「なるほど。でも、それは普通ですよね」と、清明は酒を注ぎながら先を促した。宍戸は、そんな清明の反応を楽しみながら、「いや、普通じゃないよ」と続けた。

「何しろ、そのパンフレットには、実物大の金の延べ棒が麗々しく写っているのさ。それを女性の両手の上に置いて、両手でそっと抑えてこう言う。『どうですか? 金の延べ棒はズシーンと重いでしょう?』。もちろん、自分の手で、上から重みをつけているから、お客さんは間違いなくこう答える。

『そうね、重いわねぇ』と。

そこから先は、金の魅力と、金証券の魅力を長々と話すのさ。あれは一種の催眠営業だな。若くて、ちょっと格好の良い男だったら、誰でも新規をとれると思ったよ」

「なるほど」と相槌を打ちながら、清明はさらに酒を勧めた。豊田商事であれどこであれ、営業マンにとって営業話は、どんな話でも、面白いものだ。

「こんな話もある。例えば飛び込みに行くだろう?我々の業界は、会社に飛び込むことが多いけど、豊田の営業マニュアルには、1軒屋、それもご主人を喪くしてすぐの未亡人がいる家を探せと書いてあるんだ。で、家に入れたら仕事の話はせずに、まず『ご主人に以前、お世話になった者ですが、ご焼香させていただけませんか』といって、仏壇に手を合わせろと書いてある。もちろん、亡くなったご主人を知っているというのは嘘だ」

「まるで、『ペーパームーン』みたいですね」

と、清明は、ライアン・オニールが、新聞の死亡広告を見て、遺族に聖書を売りつけて歩く詐欺師を演じたアメリカの古い映画の名前を口にした。あれは、ライアン・オニールが「ある愛の詩」で脚光を浴びて数年後の映画だった。清明は大学時代に、新宿の古い名画座で、この2本の映画を観たことを思い出した。

宍戸も頷きながら、「そういえば似てるな。やっぱり詐欺師だったわけだ」と言い、「ただ、あの映画と違って、その日は雑談だけで仕事の話はしない。何度か再訪して、信用してもらってから、実はこんなビジネスをしていると話せというのさ。要するに、営業は、商品を買ってもらうのではなく、自分の信用を買ってもらえというわけだ。これも、営業マンとしては悪くない。少なくとも、訪問翌日に、まだ相場を分かっていない顧客を大声で煽って買わせる営業とはちょっと違うだろう?」と、宍戸はにやりと笑って、清明を見た。

だが結果的に、そうして自分たちを信用して付き合ってくれたお客様に、豊田商事は投資したお金を返還せず、理不尽な形で損をさせた。しかも、その営業マンたちの大半は、その後も罪を問われていない。だから清明としては、いくら営業話に興味があっても、この話に共鳴することはできない。それでなくても、商品先物取引の営業マンというと、どこか色眼鏡で見られがちなのだ。

不意に黙り込んだ清明を気にしながら、宍戸は笑って、話題を変えた。

「それもこれも全部知った上で、この会社に雇ってくれたのが大崎常務だ。ま、そんなわけで、高木にはひょっとしたら迷惑をかけるかもしれないけど、よろしく頼む。俺自身、今の高木がやっていること、それにこれからやろうとしていることには大いに興味があるんだ。俺にできることは何でもやるから、一緒に働かせてくれ」

宍戸が頭を下げた。

一瞬、清明の脳裏に「大崎常務は今も須藤さんには反対」と言っていた敦子の顔が浮かんだ。ひょっとすると、これは、大崎常務の差し金というものかもしれないとふと思ったのである。しかし、今、目の前にいる宍戸が、そんなスパイじみたことをする男に見えないことだけは確かだった。

清明自身は身長172センチで、人並みの運動神経を持っていると思っているが、中学時代に学校の授業で剣道をやった以外、格闘技には縁が無い。高校時代はサッカー部だったが、東京都大会では常に初戦負けのチームだった。部活の仲間たちとも暇さえできれば練習ではなく、ビリヤードやボーリングに繰り出していたものだ。そんな清明にとって、子供の頃から格闘技を続けているという宍戸は、こんな縁でも無ければまず付き合うことの無い男の一人だろう。しかし、嫌いなタイプではなかった。

「こちらこそ、もし一緒にやることになったら、よろしくお願いします」と清明も頭を下げた。そんな清明にさらに酒を勧めながら、宍戸は笑って、こう付け加えた。

「まぁ、今後、何か揉め事があっても、俺が用心棒として高木を守るから、その点だけは安心してくれ」

「なんですか、それは」と清明も笑いながら、「そんな揉め事があったら困りますよ。というか、宍戸さんの方から揉め事を起こさないで下さいよ」と釘をさすことを忘れなかった。

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<益永 研>

この物語は実話に基づいているが、登場人物や企業名はすべて架空のものである。