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【その男の名は高木清明 Vol.8】動き出した海外法人部。英国系商品ファンドからの大口受注


その男の名は高木清明

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ABスターン社始動

10月23日、ついにABスターン社が取引を開始する日がきた。

取引するのは東京砂糖取引所に上場されている粗糖の先物である。

その日の早朝7時半、市場部の杉原部長がシカゴの小杉からFAXで送られてきたABスターン社の注文票を見た。

「高木ぃっ!」

杉原は海外法人部のデスクに座っていた清明の名を大声で呼んだ。

海外法人部といっても特別な部屋があるわけではない。市場部の片隅に3つ、海外法人部員と称して市場部の机を借りているだけのことである。

「はい、杉原部長、何でしょうか?」

清明はゆっくりと部長席まで歩いた。実は杉原の用件はわかっている。問題は、杉原の疑問に対してどこまで話せばいいのか、久保田社長からまだ指示がないということだ。

先週木曜日に久保田と須藤を交えて夕食を共にし、今後のABスターン社との付き合い方について説明を受けた。

まず驚かされたのは、本来取引を開始する前に入金されているはずの担保金が未着で、今後も必要金額以上はよこさないという話だった。久保田の話はシンプルだった。要するに日々の取引に必要な証拠金は光栄物産が立て替え、手数料と損益金だけはABスターン社が毎月清算して受け払いするというものだ。といっても、証拠金を出さないというわけではなく、実際には光栄物産とABスターン社との間で日本国債を預け合う形になっており、制度上は問題ない。業界では「無敷(むじ)き」あるいは「薄敷(うすじ)き」と呼ばれる。須藤がその場で言葉を添えた。

もう一つ話が違うと思ったのは、今回の取引はABスターン社自身の受け渡しやリスクヘッジのためではなく、同社が今年買収したばかりの「ペッパーファンド」という商品ファンドのトレーダーが直接取引するという話だった。ファンドは差金決済による収益獲得が目的なので、ABスターン社の売買と違って、現物の受け渡しは無いと考えてよいとのことだった。ただし表面上はABスターン社の口座であり、ペッパーファンドが運用する口座であることは極力内密にとも須藤は言った。

その男の名は高木清明

ペッパーファンドは英国で1985年に運用を開始してから一度もマイナスが無いことで知られている。87年のブラックマンデーの年にも15%以上をたたき出して、「商品ファンド」の名を全世界に広めた。運用資産も87年以来急速に増加している。

久保田と須藤はこの有力ファンドの運用の一部を担うことで、将来的には商品先物会社でも、証券会社の投資信託のようなファンドを提供できないかと考えているようだった。「無敷き」もそのための布石なのかもしれない。

こうした内幕話を市場部長である杉浦にどこまで説明してよいか、若い清明には悩ましいところだ。いずれにせよ社内でも秘密にしなければならないようなカラクリがある取引に関わること自体、清明には気が重かった。

海外法人部のデスクに残してきた宍戸貫一は、そんな清明を心配そうに見つめている。

「高木、この注文はどういう意味だ?連中はすべての限月で300枚ずつ現受けする気なのか?」

案の定だった。部長席の前に立った清明に、杉原は今朝ABスターン社から届いたばかりの注文票を指さしながら声を落として尋ねてきた。

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初日は無難に終了

<益永 研>

この物語は実話に基づいているが、登場人物や企業名はすべて架空のものである。